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独りよがりニーチェ、自らを語る

ホーキングに魅入られた、人生真っ暗な人間です。

2016/12/20 ①

親愛なる,

君へ


僕が、君になぜこのような形である事柄を伝えようと思ったのか、別にその事柄は知っているひとは知っているし、知らない人がいても何らおかしい事はない。(ただ、この手記はあくまで既知の人が読んでも何も面白くもないし、為になったと思えるものではないと思うのでここで読むの止めた方がいいかもしれない)

これは、少数のごくごく一部の者たちへの警告であり、ある者によっては希望へと繋がるものかもしれないことがあるという前提で書かせてもらうことにする。(何度も言うが、これは大多数が読んでもなんら面白みの欠けらもセンスという言葉も存在しない問題なので強く読まないことをお勧めする)


主題は、そうだな、ありきたりだが「奨学金の行き先」というのはどうだろうか。
あまりパッとしないものではあるが、僕の学が露呈するかのようで恥ずかしい気持ちもあるのだけれど、書き綴らせていただくことにする。


特に大学(高校やそのほかにもあるかもしれない)に重きを置いて話を進めていくことにするが、もし万が一これは正しくない意見だとか、既知知識だと思うのならばここで読むのをやめて置くことを強くお勧めする。これは僕の強い主観で書かれているもので正しさを1ミリも追及していないことは理解してくれとしか言いようがない。


奨学金というのはよくご存知の通り、お金を政府から借りてその借りたお金を大学の学費としてか、上京の際の一人暮らしの費用に当てるという人が多いだろう。では、ここである問いを君に投げかけようと思う。

問い
君はそのお金を借りてまで、学びを得るに値するのか。
また、その大学は借りてまで通う必要のあるものなのか。
さらに、その借りて返すという責任を持ち合わせているか。

この3点に置いて、僕は常に疑問を持っているし、上記の三点について僕は見事これらを知らずに大学へと入学し、半ば後悔というよりは絶望を感じつつ1年ではあるが学生生活を歩んできたことへの懺悔や自戒の意味を込めて君に知ってもらいたい。

この3点に置いての答えは各々違うだろうし、正解でも間違っていることもない問いなのであまり難しいことは考えずに読み進めてもらえるといいだろう。(僕もあまり頭が良い方ではないので)

僕はある地方私立大学に今年の五月まで奨学金を借りて学生生活を丸1年間過ごしていたがしかし、元々あまり大学というものがあくまで高校の延長線上であり、社会から少しでも遠ざかりたいという想いで選んだ選択肢なので良い選択ではなかったと振り返ることができる。

僕の家庭は富裕層でも一人っ子でもないので、僕を大学に行かせるには少々荷が重いものだったので高校側からの提案ということもあり、「奨学金」を借りて通うことになる。その当時は、あまり借金をするという事を深く考えたこともなかったし、4年間通ってもたかが400万というくらいにしか考えていなかった。(これはかなり浅はかな考えであったことは重々承知である)

ただ、400万というものがどれくらい卒業後であれ、大変かというものを僕はあまり知らない。それ以前に大学を中途退学したのだから、それはそうかもしれない。おかげでという言い方は少しニュアンスとしてはおかしいかもしれないが、僕はおかげで最小限の借金をすることで負のスパイラルから脱却することができたということだ。最小限とはいっても、成人式を来年迎えた同時に20歳になる僕にとっては100万もの借金は大変辛いものであることは理解していただけるに違いない。

僕が社会人になることを前提とした話であるならば、たかが100万なんてと思う方もいるかもしれないが、僕は学びを得る為に大学進学を胸にフリーターでもいい、浪人をするということを誓った身なのでこれは本当に無駄とも言えるお金でもあるし、馬鹿な選択をしたと自分を卑下することもできるがそんなことをしていては前に進むことはおろか、後退していくばかりではないか。

それならばいっそ、100万を働いてすぐに返せるじゃないかとなるがそれは僕の心情を察してくれればわかることだろうと思う。使わなかった奨学金が幾らか残っているものもあるのでそれを元手に最小限アルバイトで稼ぎつつ返済にあて、親に迷惑にならないよう浪人するつもりでいる。勉強をしながら働くのは大変難しいことなのはわかるが、君はお金を持っていないものたちのことを少なからず考えたことはあるのか。

どんな人間であれ、「奨学金」というのは一種の通過点としての事象でしかない。
ただ、ここで誤解しないでほしいのは「奨学金」について知っている人があまりにも無知な場合、お金に足元をすくわれ、蹂躙されることが目に見えているのにもかかわらず負のスパイラルへと歩を進め、我に返った時にはもう道がない、でも世間からは叩かれる。それでは、死のうとなる方が自然だろう。

(次回へと続く)


少し長くなりすぎたので、ここで一旦綴るのをやめるとしよう。


次回に持ち越しとなったことは、あまりにも僕の文章が如何に拙く、まとまりがなかったかと自分でもよく理解しているので今度は上手く書ききれるように努力していくつもりだ。



とりあえず、君は辛抱強く読んでくれてありがとう。心から礼をする。


僕より